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千葉地方裁判所 昭和60年(ワ)1551号 判決

原告

杉政亮三

被告

北関東運輸株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一二五〇万四一六一円及び内金一一四〇万四一六一円に対する昭和五八年三月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金二三七五万八九〇〇円及び内金二一五九万九〇〇〇円に対する昭和五八年三月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五八年三月九日午前一一時二〇分ころ

(二) 場所 千葉県東葛飾郡沼南町大津ケ丘一丁目二三番地先路上

(三) 加害車 大型貨物自動車(郡一一あ六一八〇、以下「加害車両」という。)

運転者 被告大沢弘田(以下「被告大沢」という。)

(四) 被害車 普通乗用自動車(足立五七ひ七九九四、以下「被害車両」という。)

運転者 原告

(五) 態様 被害車両が信号待ちで停車中、加害車両が時速約一〇〇キロメートルで追突し、そのため被害車両は前方に押し出され、その前方で停車中の時田幸一運転の大型貨物自動車(千葉八八か三八九七)に衝突し、被害車両は二台の大型車にはさまれた。

2  責任原因

(一) 被告北関東運輸株式会社(以下「被告会社」という。)は加害車両を所有し、自己のため運行の用に供していたので、自賠法三条の運行供用者責任を負う。

(二) 被告大沢は前方をよく注視して自動車を運転すべき義務があるのに、これを怠り、漫然運転した過失により本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条の過失責任がある。

3  傷害

原告は、本件事故により、右上腕骨骨折、右大腿骨骨折、右第七、第八肋骨骨折の傷害を受け、同愛記念病院ほかにおいて入院九九日、通院七一九日(実日数一一日)の治療を受けた。

4  損害

(一) 治療関係費 全額受領ずみ

(二) 付添費用 全額受領ずみ

(三) 入院雑費 金九万九〇〇〇円

一日当たり一〇〇〇円として、同愛記念病院ほかに九九日間入院した。

(四) 休業損害 金一九五〇万円

原告は、三和ダイカスト株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であつたが、同社は資本金一〇〇〇万円、年間売上五億円前後、従業員はパートを含め四〇名前後の会社であり、内三五名位は工場勤めであり、本社には男子三名、女子二名しか存しない小規模会社であり、原告は同社の代表取締役として会社業務全般を統括するほか、現実にダイカスト型の設計、工場内の点検監視、得意先の訪問打合せ等の業務に従事し、本件事故前月額一〇〇万円の報酬を得ていたが、本件事故により代表取締役としての業務が不可能になり、次のとおりの減収となつた。

(1) 昭和五八年三月分 二分の一

(2) 昭和五八年四月分から昭和五九年三月分まで ゼロ

(3) 昭和五九年四月分から昭和六〇年五月分まで 二分の一

よつて、本件事故による休業損害は合計金一九五〇万円となる。

1,000,000×(1/2×1+1×12+1/2×14)=19,500,000

(五) 慰謝料 金二〇〇万円

本件事故は、被害車両が大破し、原告が一命をとりとめたこと自体が不思議ともいえる位の重大な事故であつたから、原告の本件事故による精神的苦痛を慰謝するには金二〇〇万円を下らない。

(六) 弁護士費用 金二一五万九九〇〇円

被告らが任意の支払をしないで、原告は本件訴訟追行を原告訴訟代理人らに委任し、手数料報酬として請求金額の一割に相当する金員を支払うことを約した。これは本件事故と相当因果関係のある損害である。

よつて、原告は、被告らに対し、本件事故による損害賠償として、各自金二三七五万八九〇〇円及び弁護士費用を除いた内金二一五九万九〇〇〇円に対する本件事故の翌日である昭和五八年三月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求原因1(一)ないし(四)の事実は認める。同(五)のうち、加害車両の速度が時速一〇〇キロメートルであつたことは否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3及び4の各事実は知らない。

原告が訴外会社から受けていた報酬は役員報酬であつて、労働の対価としての賃金ではないから、実際にその取締役としての事務の執行ができたか否かに関わりなく訴外会社から報酬を受領することができるものであり、休業損害は発生しない。

仮に、原告の受ける報酬中に労働の対価性を有するものが含まれるとしても、その長男による業務代行、訴外会社の規模、原告の年齢等からすると、その二分の一を超えることはなく、また、原告の治療経過、業務内容によれば、原告が労務を提供できなかつた割合は、入院期間中のうち、一か月経過後から退院時までは二分の一、退院後は三分の一程度にとどまるものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実については、加害車両の速度が時速一〇〇キロメートルであつたことを除き、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二号証の一ないし一一及び原告本人尋問の結果によれば、加害車両の追突時の速度は時速約八五キロメートルであつたものと認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

二  請求原因2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。

三  傷害

成立に争いのない甲第三号証並びに原本の存在及びその成立について争いのない乙第一ないし第九号証によれば、原告は本件事故により、右上腕骨骨折、右大腿骨骨折、右第七、第八肋骨骨折の傷害を受け、本件事故当日の昭和五八年三月九日から同月一二日まで上笹病院で入院治療を受け、同日から同年六月一五日まで同愛記念病院で入院治療を受け、同月一六日から昭和六〇年六月三日までの間に一一日間同病院に通院して治療を受けたことが認められる。

四  損害

1  入院雑費 金九万九〇〇〇円

原告の入院期間は前記のとおり合計九九日になるところ、入院雑費として一日当たり金一〇〇〇円を下らない費用を要したものと推認するのが相当であるから、これによると全入院期間では金九万九〇〇〇円となる。

2  休業損害 金九八〇万五一六一円

前掲甲第三号証、乙第一ないし第九号証、成立に争いのない甲第九号証、原告本人尋問の結果及びこれにより成立の認められる甲第四号証の一ないし三、第一一ないし第一五号証を総合すれば、原告は、本件事故当時、ダイカストの製造販売を業とする三和ダイカスト株式会社(訴外会社)の代表取締役として同社を経営していたこと、同社は資本金一〇〇〇万円の会社で、従業員はパートを含め約四〇名であり、本社には男子三名、女子二名が勤務し、残り約三五名は工場に勤務していること、原告は会社業務の全般を統轄するほか、技術面の最高責任者として金型の設計、工場の点検監視、得意外の訪問打合せ等の業務に従事していたこと、原告が訴外会社から本件事故前に受けていた報酬は月額一〇〇万円で、本件事故のあつた昭和五八年三月分は五〇万円に減額され、同年四月分から昭和五九年三月分までは報酬を受けず、同年四月分から昭和六〇年五月分までは月額五〇万円の報酬を受けたことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、会社役員の報酬については、当該役員が労務の提供もしていた場合には、利益配当等の実質をもつ対価性のない部分と労務の対価としての実質をもつ部分との両者があると考えるのが相当であり、前者については会社役員の地位にある限り支給されるべき性質のものであるから事故による傷害の結果解雇されるなどの事情がない限り事故による損害と認めるべきではないが、後者は事故による傷害の結果労務を提供できなくなつた場合には休業損害の問題が生じるものと解すべきであり、これを本件についてみると、右認定事実によれば、原告は訴外会社の従業員としての実質的活動も行つていたものと認められ、訴外会社の規模、業務内容、原告の担当職務等を総合勘案すると、月額一〇〇万円の報酬のうちその六割の六〇万円が労務の対価としての実質をもつ部分であると認めるのが相当である。

そこで、原告の具体的な休業損害額についてみるに、前記三で認定した原告の傷害の部位・程度、入通院状況に前掲各証拠によつて認められる左記の事実を総合すると次のとおり認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件事故当日の昭和五八年三月九日から同年六月一五日までの入院期間については、本件事故による傷害の内容、程度、入院状況に照らし、就労は不可能であつたとみるのが相当(電話等による連絡はなしえたとしても労務の提供とみるべきほどのものは認めえない)であり、金一九四万五一六一円となる(円未満は切り捨てる。)。

600,000×(23/31+2+15/30)=1,945,161

(二)  退院後の同年六月一六日から昭和五九年三月までは自宅で療養しながら通院治療を受けていたものであり、出社することはできなかつたが、子息の秀三に対して電話や同人が原告の自宅を訪問した際に仕事上の指示を与えるなどして業務の執行に関与していたことが認められ、前記のような原告の業務内容、治療状況からするとある程度の業務執行はなしえたものと解すべきであり、その割合は二〇パーセント程度と解するのが相当であり、金四五六万円となる。

600,000×0.8×(15/30+9)=4,560,000

(三)  昭和五九年四月から同年一二月までは、松葉杖やステツキ等を使用して出社し、従来の半分程度の時間は仕事ができるようになつたが、疲れやすかつたことや原告の業務内容等を総合勘案し、提供しえた労務は五割と認めるのが相当であり、金二七〇万円となる。

600,000×0.5×9=2,700,000

(四)  昭和六〇年一月から同年五月までは、昭和五九年一二月時点で骨折線が消えてきており、その後は通院検査が一回だけなされていること、昭和六〇年六月ころ大腿骨の骨癒合が完了していることなどに照らし、提供しえた労務は八割とみるのが相当であり、金六〇万円となる

600,000×0.5×5=600,000

なお、原告は、前記のとおり、昭和五八年三月に五〇万円、昭和五九年四月から昭和六〇年五月までいずれも月額五〇万円の報酬を訴外会社から得ているが、前記のように原告の報酬中には労務従事の有無に関わりなく支給されるべき利益配当の実質をもつ部分(月額四〇万円相当)があり、また、原告は右(一)ないし(四)のように労務に従事しえず損害の生じた期間があることにかんがみると、右月額五〇万円のうち四〇万円については利益配当分にあてられるものと解すべきであり、次に、残りの月額一〇万円については、原告の提供しえた労務を上回る支給分があると認められればその分は原告の損害の填補がなされていることになる(訴外会社の損害の問題が生じうる)が、これは存在しない(昭和五八年三月分については労務に従事した八日までの分があり、昭和五九年四月分以降については前記認定の労務提供分をいずれも上回つていない)ので、結局、全期間を通じて控除すべき金額はなく、前記(一)ないし(四)の合計金九八〇万五一六一円が原告の休業損害となる。

3  慰謝料 金一五〇万円

本件事故の態様、特に本件事故は原告が死亡しかねないほどの重大事故であつたこと、傷害の内容、治療経過その他諸般の事情を総合考慮すると、本件事故によつて原告の受けた精神的苦痛を慰謝するには金一五〇万円をもつて相当と認める。

4  弁護士費用 金一一〇万円

原告が前記各損害金の任意の支払いを受けられないため、本訴の提起、遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任したことは当裁判所に明らかであり、本件事案の難易、審理の経過、前記認容額等に照らすと、原告が被告らに対して本件事故と相当因果関係ある損害として賠償を求めうる弁護士費用としては金一一〇万円と認めるのが相当である。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、本件事故による損害賠償として、各自金一二五〇万四一六一円及び弁護士費用を除いた内金一一四〇万四一六一円に対する本件事故の翌日である昭和五八年三月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今泉秀和)

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